食の供給網、迫る法規制リスク
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結論:棚は満たされているのに、リスクは値付けされていない
英国の食品業界関係者らによる最近のラウンドテーブルで語られたのは、一見矛盾した現実だ。小売の棚は欠品もなく、上場食品企業の業績や株価も堅調。それなのに登壇者たちは「このままでは危ない」と口をそろえた。
理由は単純で、供給網の管理が「うまくいきすぎている」ことで、気候・自然・供給リスクが経営の数字に反映されないまま放置されているからだ。コストをかけて備えるべきか、今のところ困っていないから様子を見るべきか——これは日本の生産法人や卸・小売にとっても他人事ではないジレンマだろう。
好調に見える裏側で起きていること
保険とシナリオ分析という「見えない値札」
投資家エンゲージメントを手がけるInside Trackのアナ・カダフォード氏は、上場食品企業の業績・株価は堅調に推移していると指摘したうえで、「供給リスクの管理がうまくいきすぎていることが、むしろ最大の弱点になりつつある」と述べた。
同社がまとめた保険・再保険に関するレポートによれば、保険数理人(アクチュアリー)はすでに「どの補償を打ち切るか」「保険料をどれだけ引き上げるか」について明確な見解を持っているという。同氏は、CFO(最高財務責任者)であれば「5年前に行ったシナリオ分析と、実際に起きたことを突き合わせてみるべきだ」と提案する。多くの企業の計画期間は12〜24カ月、実際には12カ月基準がほとんどだと指摘した。
輸入依存とグローバル・コモディティの足元
WWF-UKで食システム変革を担当するソフィー・バウアー氏によると、英国は食料の約40%を輸入に頼り、そのうち約4分の1は干ばつや洪水、異常気象のリスクが高い地域からの輸入だという。エルニーニョの発生が見込まれるなか、今年のような不作が繰り返される可能性があると警告した。
自国生産(自給率)を高める議論は「長年の課題」としつつも、「私たちはグローバルな商品市場の一部であり、海外での自社の環境フットプリントも国内の食料安全保障に影響する」とバウアー氏は述べ、自給率の議論だけでは全体像を見誤ると釘を刺した。
WWFの最新の「生きている地球レポート」では、1970年以降、監視対象の野生生物個体群が平均73%減少したと報告されている。一方でバウアー氏は、乱獲で8割減少した大西洋クロマグロが、企業・政府・地域社会の取り組みで回復に向かっている例も紹介した。
規制が市場をつくる:EU森林破壊防止規則
バウアー氏は、経営層に自然関連リスクを納得させる「入り口」として2つを挙げた。1つは水リスク(誰もが食料生産に水が不可欠だと理解している)、もう1つは法的リスクだ。
EUの森林破壊防止規則(EUDR)は年末から適用され、EU向けに販売する企業は原材料が森林破壊に関与していないことを証明する必要がある。英国国内の協議はまだ始まっていないが、北アイルランドはEUの枠組みを採用する見込みで、「違反とみなされれば高額な罰金を科される可能性がある」という。再生型・自然再興型の農業への転換は、投資回収までおよそ7年かかるとも指摘された。
農業フードテックへの投資は3分の1以下に
AgFunderのデータによれば、農業フードテック・スタートアップへのベンチャー投資額は2021年の560億ドルをピークに、直近では160億ドルまで落ち込んだ。食システム全体のリスクはかつてなく高まっているにもかかわらず、解決策になりうる技術への資金供給は縮小している、という逆転現象だ。
項目 | 2021年 | 直近(2024年) |
|---|---|---|
農業フードテックVC投資額 | 約560億ドル | 約160億ドル |
主な背景 | コロナ禍の資金流入 | 汎用VCの撤退・出口の不足 |
コロナ禍には多くの汎用的なVCが「観光客」のように市場に参入し、話題の分野が計画通りに伸びないと撤退した。比較的堅調なのは、バイオ系農業投資(生物資材・ゲノム編集を含む)と、欧州の気候関連企業だという。
代替タンパク質が学んだ教訓
植物肉・代替タンパク質業界への評価として、記事の著者(AgFunderNews)は「気候変動という物語だけで、消費者に味の劣る製品への乗り換えを期待しすぎた」と分析する。コロナ禍に試して味に満足できず、二度と買わなかった消費者も多く、価格を下げて改善するまで持ちこたえられなかった企業も少なくない。
肉と植物を半々にした「ハイブリッド型」の提案に対し、当時は「動物性食品を完全に置き換える」ことを使命とする企業から強い抵抗があったという。超加工食品への懸念や、GLP-1系薬剤の普及による「1カロリーの重みの高まり」も、業界が見誤った要因として挙げられている。
現場の実例:フードサービス大手Levyの選択
コンパス・グループ傘下で英国で年間約2,000万食を提供するフードサービス企業Levyは、2022年に牛肉の半分を豆類に置き換えたバーガーを導入し、2025年まで提供し続けた。海藻パッケージ企業Notplaとは、当時の既存素材より約240%コストが高かった時点で契約を結び、4年後にはLevyがNotplaの最大顧客になっている。今シーズンはトッテナムやマンチェスター・ユナイテッドなどの会場で、より持続可能な選択肢として鹿肉100%のバーガーも提供を始めた。
日本のアグリテック・スタートアップへの示唆
規模拡大を目指す日本の農業ベンチャーやスマート農業スタートアップにとって、この記事が示す論点は3つに整理できる。
- 規制が需要をつくる:EUDRのように「対応しないと罰金」という法規制は、トレーサビリティやMRV(測定・報告・検証)技術を持つスタートアップにとって、これまで「あれば良い」止まりだった商材を必需品に変える可能性がある。日本でも輸出入や取引先の要請を通じて同様の圧力が波及しうる。
- 大手との取引は時間がかかる前提で設計する:Notplaの事例のように、コスト高でも導入してくれる先進的なパートナーと組み、数年単位で実績とコスト低減を積み上げる戦略が現実的。初年度の黒字化を前提にした資金計画は危険。
- 投資縮小期こそ経営とITリテラシーの両輪が必要:農業フードテック全体でVC資金が3分の1以下に縮小した局面では、技術の目新しさだけでなく、CFOや取引先のCFOが納得できる「シナリオ分析」「保険料換算のコスト」といった財務言語での説明力が、資金調達・商談の成否を左右する。
いずれも原文で確認できる事実からの応用的な考察であり、日本の制度・市場環境にそのまま当てはまるとは限らない点には注意が必要だ。
まとめ
食品業界が供給網リスクをうまく吸収してきたことが、かえってリスクの「値付け」を遅らせているというパラドックスが、今回のラウンドテーブルの核心だ。EU森林破壊防止規則のような法規制、保険料の見直し、農業フードテックへの投資縮小は、いずれも日本の生産現場や関連スタートアップにも波及しうるテーマである。自社の調達網や投資判断は、こうした変化をどこまで織り込めているだろうか。あなたの現場の声を、記事下のアグリコメで聞かせてください。
現場で使える!専門用語ミニ辞書
- シナリオ分析(しなりおぶんせき)
- 気候変動や供給網の混乱など将来起こりうる複数の状況を想定し、経営への影響を事前に検証する手法。保険料や投資判断の根拠として使われる。
- EU森林破壊防止規則(EUDR)
- EUに農産物・食品原料を販売する企業に、原材料が森林破壊に関与していないことの証明を義務づける規則。違反時は罰金の対象になりうる。
- MRV(測定・報告・検証)
- 環境負荷や原材料の由来などを測定し、報告し、第三者が検証する一連の仕組み。トレーサビリティ確保の基盤となる指標管理の考え方。
- 再生型農業(リジェネラティブ農業)
- 土壌や生態系の回復を重視する農法。慣行農業からの転換には投資回収まで一定の年数がかかるとされる。
- ベンチャーキャピタル(VC)
- 成長段階のスタートアップに出資する投資家・投資ファンド。農業フードテック分野への投資額は市況により大きく変動する。
- 代替タンパク質
- 植物由来・培養由来など、畜産物以外から得るタンパク質源の総称。植物肉はその代表例。
参考
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アグリコメ 1
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編集部ノウカラ編集部
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