TECHNICAL MANUAL — 営農技術解説

水稲の水管理の年間設計

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PRE-CHECK

事前チェック

読む前に、今の判断を確かめます。すでに判断できる場合は、判断演習へ進めます。

  1. Q1/2

    水田に水を張り続けた状態(湛水状態)が長く続くと、土壌の状態はどのように変化しやすいですか。

  2. Q2/2

    水稲の水管理(深水・浅水・間断灌漑など)を判断するときに、最も適切な根拠の組み合わせはどれですか。

この章で学ぶこと(学習目標)

この章を終えると、次のことができるようになります。

  • 水稲の生育ステージ(移植〜活着、分げつ、中干し、幼穂形成、出穂・開花、登熟、落水)に対応した水管理の方針を、年間スケジュールとして組み立てられる。
  • 中干しや間断灌漑の開始・終了を、気温や苗の生育量(分げつ数など)の数値を根拠に判断できる。
  • 有機栽培における水管理と雑草抑制・土壌生物の活性の関係を説明できる。

所要時間の目安: 60〜90分(圃場観察の実習を含めると半日)。

結論

水稲の水管理は、以下の順序で年間設計する。

  1. 移植〜活着期: 浅水(目安3〜5cm)で水温を確保し、根の活着を促す。
  2. 分げつ期: 浅水〜間断灌漑で分げつを促進する。目標茎数に達したら次段階へ移る。
  3. 中干し: 目標茎数に達した時点(有効茎数確保の時期、幼穂形成期の前)で落水し、7〜10日程度田面にひびが入る程度まで乾かす。開始・終了の日数は気象と土壌群で都道府県の基準に合わせて調整する。
  4. 幼穂形成期〜出穂期: 中干し後は間断灌漑に戻し、幼穂形成期以降は水を切らさない(最も水を必要とする時期)。
  5. 登熟期: 間断灌漑を継続し、収穫前の落水時期を品種の成熟日数から逆算して設定する。
  6. 各段階の判断は、暦日だけでなく、分げつ数・葉色・天候(高温・低温)・田面の状態を併せて確認する。

原理: なぜ水管理が生育を左右するのか

水深と水温・酸素供給

水稲の根は、湛水された土壌でも通気組織(通気腔)を通じて酸素を地上部から運ぶ仕組みを持つが、根の機能を維持するには一定の酸素供給が必要である。深水管理は水温低下や分げつ抑制につながる一方、浅水は水温上昇と分げつ促進に働く。移植直後の低温期は水を深めにして保温し、活着後は浅水で地温・水温を高め、分げつを促す。

中干しの生理的な意味

湛水状態が続くと土壌は還元状態になり、有機物の嫌気分解が進んで硫化水素などの還元物質が生成され、根の呼吸や養分吸収を阻害することがある。中干しによって田面を一時的に酸化状態に戻すことで、根に酸素を供給し、健全な根の発達(深根化)を促す。また、無効分げつ(穂をつけない分げつ)の発生を抑え、茎数を適正に収束させる効果もある。中干しの開始が早すぎると有効茎数が不足し、遅すぎると無効分げつが増えて倒伏や登熟不良につながる。

幼穂形成期以降の水の役割

幼穂形成期から出穂・開花期にかけては、穂の分化と発達に多くの水と養分が必要になる時期であり、この時期の水切れは不稔や登熟不良の原因になる。葉(同化器官)での光合成産物が穂(貯蔵・生殖器官)へ転流する時期でもあり、根(吸収器官)の機能低下は転流効率にも影響する。

土壌群による違い

水田の土壌群(グライ土、灰色低地土、黒ボク水田土など)によって保水性・透水性が異なり、中干しに要する日数や間断灌漑の間隔は変わる。砂質で透水性が高い圃場では水持ちが悪く、粘質で透水性が低い圃場では中干しに時間がかかる。地域の土壌群と気候に応じた具体的な日数・水深は、都道府県の水稲栽培基準で確認する。

分解者と湛水環境

湛水下の水田土壌では、細菌を中心とした嫌気性微生物の活動が優位になり、有機物の分解はメタン生成を伴うことがある。中干しによる好気化は、糸状菌や好気性細菌の活動を一時的に高め、有機物分解の様式を変化させる。みどりの食料システム戦略では水田からのメタン排出削減も課題とされており、中干し期間の延長が削減策の一つとして位置づけられている。

雑草との関係

深水管理は、発芽初期の水田雑草(ヒエ類など)の生育を抑える効果があり、有機栽培では除草資材に頼らない物理的な抑制手段として重要である。ただし深水は保温・分げつの観点とトレードオフになるため、品種や地域の気象条件に応じてバランスを取る。

判断の実例

実例1: 中干し開始のタイミング

状況: 移植後35日、主稈の茎数が1株あたり18本に達し、天候は晴天が続いている。

判断: 中干しを開始する。

理由: 目標茎数(地域品種の基準で確認した有効茎数の目安)に達しており、これ以上の分げつは無効分げつになりやすいため。晴天が続き田面を乾かしやすい気象条件もそろっている。

実例2: 幼穂形成期の水管理

状況: 中干し終了後、幼穂形成期に入ったが、育苗記録から出穂予定まで30日程度と見込まれる。

判断: 間断灌漑に戻し、以降は水を切らさない管理に切り替える。

理由: 幼穂形成期から出穂期は水要求量が最も高く、この時期の水不足は不稔や穂の発達不良に直結するため、中干しのような意図的な落水は行わない。

実例3: 低温が予想される場合の深水管理

状況: 幼穂形成期に、翌日以降に低温注意報(障害型冷害が懸念される気温)が発表された。

判断: 一時的に深水(目安10〜15cm程度)にして幼穂を保温する。

理由: 幼穂は低温の影響を受けやすい時期であり、深水にすることで水温によって幼穂の温度低下を緩和できるため。気温が回復したら通常の水深に戻す。

手順と判断基準

  • [ ] 移植時: 水深3〜5cm程度を目安に浅水で管理し、活着を確認する。
  • [ ] 分げつ期: 1株あたりの茎数を定期的に数え、地域品種の目標茎数(都道府県の基準で確認)に近づいたら中干し準備に入る。
  • [ ] 中干し開始: 目標茎数到達かつ天候が安定(数日以上の晴天見込み)していることを確認してから落水する。
  • [ ] 中干し終了判断: 田面にひびが入り、足跡がうっすら残る程度を目安とし、過度な乾燥(深いひび割れ)は避ける。期間の目安は都道府県の基準で確認する。
  • [ ] 幼穂形成期以降: 間断灌漑に戻し、水を切らさないことを最優先にする。
  • [ ] 低温・高温時: 低温時は深水保温、高温時は掛け流し等で水温上昇を抑える対応を検討する。
  • [ ] 登熟期後半〜収穫前: 品種の成熟日数から逆算して落水時期を決め、コンバイン作業に支障のない地耐力を確保する。

よくある失敗と対策

失敗

なぜまずいか

対策

中干しの開始が早すぎる

有効茎数が不足し、収量構成要素(穂数)が不足する

茎数を実測し、目標値に達してから開始する

中干しの開始が遅すぎる、または期間が長すぎる

無効分げつの増加や、過乾燥による根傷み・倒伏リスク増加

田面のひび割れ程度を基準に終了を判断し、地域基準の日数を超えない

幼穂形成期に水を切らす

不稔や登熟不良につながる

生育ステージ(幼穂形成期の到来)をカレンダーだけでなく草丈・葉色で確認し、水管理を切り替える

低温予報を見落として浅水のまま管理する

幼穂の低温障害リスクが高まる

気象情報を定期確認し、低温注意報時は深水に切り替える体制を整える

落水時期が遅すぎる

収穫作業時の地耐力不足、機械の沈み込み

品種の成熟日数と過去の作業実績から落水時期を逆算しておく

まとめ(判断基準の再掲)

  1. 移植〜活着は浅水で保温・活着促進。
  2. 分げつ期は茎数を実測し、目標値到達で中干しへ移行。
  3. 中干しは田面の乾き具合と気象条件で開始・終了を判断し、期間は都道府県の基準に合わせる。
  4. 幼穂形成期〜出穂期は水を切らさない。
  5. 低温予報時は深水で保温、高温時は水温上昇を抑える。
  6. 落水時期は品種の成熟日数と収穫作業の地耐力から逆算する。

現場実践課題

自分が管理する水田(または担当圃場)について、移植から収穫までの水管理を年間計画として記録し、生育ステージごとの水深・水管理方法・実施理由を記録する。中干しの開始日・終了日については、茎数調査の結果と田面の状態を併せて記録する。

日付

生育ステージ

水深・管理方法

茎数など観察値

気象条件

判断理由

例: 5/20

移植〜活着

浅水3cm

-

曇り、最低気温15℃

保温のため浅水維持

例: 6/25

分げつ期末

落水(中干し開始)

18本/株

晴天予報5日

目標茎数到達、天候安定

現場で使える!専門用語ミニ辞書

中干し(なかぼし)
分げつ期後半に田面の水を落として一時的に乾かす作業。無効分げつの抑制と根の健全化を目的とする。
間断灌漑(かんだんかんがい)
常時湛水ではなく、水を入れる・落とすを一定間隔で繰り返す水管理方法。
有効茎数(ゆうこうけいすう)
最終的に穂をつける茎の数。目標値は品種・地域で異なる。
幼穂形成期(ようすいけいせいき)
茎の中で穂のもとができ始める生育ステージ。水・養分要求が高まる。
通気組織(つうきそしき)
水稲の根や茎にある、酸素を地上部から根へ送るための組織。
グライ土
地下水位が高く、還元状態になりやすい水田に多い土壌群の一つ。

参考(一次情報)

  • 農林水産省「みどりの食料システム戦略」
  • 農林水産省 有機JAS 制度関連資料
  • 農研機構 水稲栽培・水管理に関する技術資料
  • 気象庁 大気中の二酸化炭素濃度観測資料(およそ420 ppm)
  • 各都道府県 水稲栽培指針・施肥基準

EXERCISE

判断演習

本文の判断基準を使って答えてください。回答すると、選択肢ごとの理由が表示されます。

  1. Q1/2

    移植後28日の水田で、1株あたりの主稈茎数を調べたところ平均12本であった。天候は曇りがちで、数日は小雨が続く予報である。

    このときの水管理として最も適切な判断はどれですか。

  2. Q2/2

    中干しを終えて間断灌漑に戻し、幼穂形成期に入った水田がある。翌日以降、夜間の最低気温が平年より大きく下回る見込みで、障害型冷害が懸念される低温注意報が発表された。

    このときの水管理として最も適切な判断はどれですか。

学習状況を確認しています…

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